こういった方向けの記事です。
この記事は、「アートの世界を深く広く楽しむための下地を養うアート習慣」についてお伝えする内容です。
私は一応、美術大学卒業と東京藝術大学の履修プログラム修了という背景があるためか、これまでにこのようなご質問を多くいただいてきました。そういった中で、アートの世界への入門を妨げる立ちはだかる壁みたいなものを感じている方が結構多いのかなぁという印象を抱いてきました。
たしかに、書店に行くと難しいアート批評の本も多いですし、メディアでも専門家が難しいことを語っていたり、美術館に行くと理解を促すガイドが乏しい作品などもありますから、そのような印象を抱いてしまう気持ちはとてもわかります。
ですが、アートは本来とても懐の深い世界です。鑑賞者の感性によって、その解釈は十人十色。そんな懐の深さがアートの魅力だと思いますし、私自身そういったアートの側面に何度も救われてきました。
私の経験をお伝えすることで、一人でも多くの人がもっとアートを身近に感じ、楽しむための一助になれば・・・。そんな思いで、この記事では私がアートに親しむために行ってきた方法をまとめてみました。一意見としてお目通しいただけたら幸いです。
ちなみにこの記事のタイトルに「現代アート」とありますが、今回ご紹介するアート習慣のポイントは、アート全般を楽しむために使える方法です。
ということで、進めていきます。
現代アートは難しいと感じる理由
アートの中でも特に現代アートに難しい印象を持っている方は結構多いのではないでしょうか。その理由は、現代アートのはじまりにヒントがあります。
現代アートのはじまりを象徴する作品に、現代アートの父とよばれるマルセル・デュシャンの「泉」という作品があります。こちらは工業製品の便器に署名をした作品なのですが、美術の教科書でご覧になった方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。
『泉(Fountain)』(1917)
出典:Fountain, 1917 - Marcel Duchamp - WikiArt.org
こういった感想が正直な反応かなと思います。
本来、便器は用を足すところです。鑑賞して楽しむものではないですし、大量生産品の便器は鑑賞に値する特別さもありません。
デュシャンは、それをあえて展示することで、
「アートとはかけ離れたものでも、アーティストが作品として提示し、美術館に展示されていれば、鑑賞者はすぐさまそれをアート作品としてみなすのか?そもそもアーティストや美術館側が、作品の価値を決定づける存在なのか?」
という問いを投げかけました。
このような活動を通してデュシャンは、それまでのアートを視覚的な刺激を追求するだけの「網膜的絵画」と称して厳しく批判するとともに、アーティストが作品を作ることに加えて、鑑賞者がその作品の意味や価値を考えることによって創造的行為が完結する”思考する芸術”という新しい概念を打ち出したのです。
従来のアートの在り方を大きく揺るがしたこのデュシャンの作品は、「作る者(アーティスト)」と「見る者(鑑賞者)」の関係性にも大きな変化をもたらしました。
これについてデュシャンは下記のような言葉を残しています。
「作る者と見る者といった両極間の作用によって火花が起こる」
マルセル・デュシャン
従来の「作る者(アーティスト)と見る者(鑑賞者)」、すなわち「与える者(アーティスト)と与えられる者(鑑賞者)」といった””一方通行の関係性””から、鑑賞者が思考することで創造的行為が完成する””相互的な関係””へと変化をもたらしたのです。
デュシャンは、それまでのアート業界の流れを一変させたゲームチェンジャー的存在だったと言えます。単なる電話から様々なアプリケーションが楽しめるプラットフォームへとスマートフォンを進化させたスティーブ・ジョブズを連想させますね。
ここまで読んでいただくと、「現代アートは鑑賞者自らが思考することを求めるもの、鑑賞者が思考することも作品を完成に導くいちプロセスということはわかった。けど一体どのように考えを深めたらいいの?」と思うかもしれません。
次の章で解説していきます。
作品世界への理解を深める、決まった方法はあるのか?
結論は「ありません」です。逆に言うと、作品世界へのアプローチ方法は人の数だけあって、誰にとっても制限なく開かれているのです。
といってもおそらくこの記事を読んでくださっている方は、「せっかく作品を見るなら、作品世界に深くアプローチして楽しみたい。」と思って読んだくださっているのだろうと思います。
この記事ではその方法として、「アート作品を見て考えることを習慣化すること」をおすすめしたいと思います。目的は、「作品のメッセージを読み解くための感性や思考回路を育てるため」です。
身近な例として、たとえば私たちが映画や音楽を楽しむ時のことを思い出してみてください。
「最初は特に印象に残らなかったけど、制作背景を知ったことをきっかけにすごく好きな作品になった」とか、「最初はこのジャンルの映画には興味なかったけど、監督つながりで興味を持った」というような経験がある方は多くいらっしゃるのではないでしょうか。
作品や制作背景に関する知識を蓄積し、作品を見て考える経験を重ねるほど、作品への理解が深まりますし、作品を味わう感性や思考回路も育ちます。また、作品を深く楽しめるようになるだけでなく、興味の幅を広げていくことにもつながります。それは映画や音楽だけでなく、アートも同様です。
そのためには、漠然と知識を付け、漠然と見ているだけではなく、ちょっとしたポイントがあります。次の章で解説していきます。
アート習慣のすすめ|ポイントは5つ
結論は下記の5点です。
アート習慣5つのポイント
- 作品にふれることが第一
- 興味のある作家やジャンルを中心に作品を見る
- 作品に出会って感じた心の動きを言語化する
- 「好き」を起点に美術史を大きく把握する
- アート批評を読む
一つずつ解説していきます。
1.作品にふれることが第一
本屋さんに行くと、入門者向けに書かれたアート入門書や親切な解説書が数多くが並んでいます。こういった入門書や解説書から入るのも一つの方法ですが、個人的には情報のインプットよりもまずは作品に数多く触れることを第一優先にすることをお勧めしたいと思います。
理由は二つあります。
一つは、アートの見方や考え方に唯一の答えや決まった方法論はないからです。
入門書や解説書に書かれているものはあくまでも、それを書いた著者の見方、考え方でしかありません。一つの参考材料にはなりますが、それは他者の方法論をなぞる行為でしかなく、結局は自分の体験を通して獲得していくしかないのです。
もう一つの理由は、作品を見た時の自分の内から湧き出た問いや感想が、作品への理解を深めていく時の一番大きな動機やエネルギーになるからです。
出典:WikiArt.org - Visual Art Encyclopedia
当時は思春期で不安的な精神状態を持て余していたのですが、雑誌の1ページに小さく掲載されていたヒエロニムス・ボスの美しく奇妙な作品を見つけた瞬間、心が深く癒されていくのを感じてくぎ付けになったのです。
最初は切り抜いて手帳に貼って毎日眺め、そのうち「なぜこんなに心が動かされるのか?」その理由を知りたくて、作品に描かれたモチーフや制作背景、同時代のアート運動の流れなどに興味が展開していきました。
もし先に情報をインプットしていたら理解したような気になってしまって、このように最初の純粋な驚きや知りたい!というエネルギーを起点に、興味を広げていくことはできなかったと思います。
作品にふれたときの言葉にならない心の動きは、作品への理解を深めるための出発点となります。ぜひ大切にしていただきたいと思います。
2.興味のある作家やジャンルを中心に作品を見る
上記に続く話ですが、作品にふれる時は、興味のある作家やジャンルを中心に見ていきましょう。
「人気があるから」とか「歴史的に価値の認められている作品だから」などの理由で見るのもありですが、他人にとって良い作品が、自分の感性にひっかかるとは限りません。
繰り返しになりますが、作品への理解を深めるためには、作品にふれたときに浮かんだ疑問や感動が出発点になります。ですので、「なんか気になる!」「すごく素敵!」「なんか癒される!」といった気持ちが自然とわいてくる作品や作家に出会う必要があります。
探すポイントはたとえば下記のあたりです。
作品が見られる場所は?
- 美術館、ギャラリー、図書館、書籍店、洋書店、大学の図書室など(図録でも複製でもOK)
- 都内の場合は、表参道や青山、神保町、銀座、上野、六本木、木場など
- ネット上のアートショップやアートメディアなど
美術館やギャラリーはもちろん、本や雑誌などでもいいと思います。身近なところでいうと、図書館や洋書店などにも、アート関連の書籍が豊富です。都内だと、アートスポットが集中している地域を散歩するのもおすすめです。
おすすめのアートメディア、アートショップもいくつかご紹介しておきます。
アートメディアの一例
- WIKIART:海外のアート専門Wikipedeia。100か国以上の美術館や大学などで収蔵されている作品やアーティストに関する情報が網羅性高く収録されています。
- Art Observed:ニューヨーク州に拠点を置くArt Observedが、世界中の現代アート情報をレポートするメディア。作品画像が豊富で、短文記事が多いのが特徴。
- ARTFORUM:ニューヨーク州に拠点を置くArtforum International Magazineが運営する現代アートの情報サイト。世界中の現代アートに関する最新情報が豊富に掲載されています。
- artscape:大日本印刷が運営する、日本国内の美術館やアート情報のWebマガジン。日本国内の展覧会情報や、アートシーンに関するレポートや、地域のアート情報などが得られます。
- 美術手帖:1948年に創刊し、日本を代表する美術専門誌として、国内外のコンテンポラリーアートの最前線を紹介してきた雑誌『美術手帖』のWEBサイト。国内の作家情報、展示情報、最新アート情報などを掲載。
アート・絵画のショップについては、下記の記事でご紹介しています。
アート・絵画ショップのご紹介記事
-
アート・絵画販売サイト7選|おしゃれなインテリアやプレゼント・ギフトにおすすめ
続きを見る
3.作品に出会って感じた心の動きを言語化する
自分なりのアート解釈のための方法論を獲得するには、数多くの作品を見ることと同時に、作品を見て感じた感動や驚き、疑問などを言語化していくことも大切です。
言葉にすることで、自分の感性にひっかかる作品の共通点に気づいたり、他の作品や時代背景とのつながりを見つけるなど、アート解釈の方法論を広く展開・発展させるヒントになるからです。
言語化する際の具体的なポイントは下記のあたりです。
言語化するときのポイント
- 心がプラスにもマイナスにも大きくふれるような作品をピックアップする
- 心が動いた理由を色々な側面から分析してみる
- キーワードを記録しておくと便利
ピックアップする作品は、良い!素敵!などポジティブな印象を得た作品だけに限りません。無性に嫌悪感を感じる、見ていて辛く感じるといった作品も大切です。簡単に言うと、なんか気になる作品です。
気になるから調べたくなり、気になるからその理由を知った時の喜びが大きく、印象に残ります。作品を深堀っていくときの大きなエネルギー源になるのです。
私の場合は、サルバドール・ダリの作品に無性に嫌悪感を感じていました。(お好きな方、大変申し訳ありません。今では大好きな作家です。)
「同じく美しく奇妙な世界観ではヒエロニムス・ボスと共通しているのに、なぜヒエロニムス・ボスの作品には癒されて、ダリの作品からは嫌悪感を感じるんだろう?」という疑問から、作家や時代背景など違いを深堀っていきました。
あとは、その驚きや感動や疑問などを、色々な観点から分析してみることです。
観点の例としては、たとえば下記の通りです。
心が動いた理由を探るポイント
- 作家の生い立ち
- 作品に込められたメッセージ
- 作品に使われている素材や技法、色、形、モチーフ、構図
- 制作の経緯
- 制作時の時代背景とのつながり
- 同時代のアート運動における位置づけ
- 展示方法
- 作品が展示空間に与えている影響、など
事実を羅列したり、「感動した!癒された!」などと書くのではなく、「心を動かされた理由を、なんとかして書き表してみること」を目的に具体的に書くことです。
一例としてはこんな感じです。
「この作家の作品には繰り返し同じモチーフが登場するなぁ。なんでだろう?」とか。「アクションペインティングは、それまでの具体的なモチーフが描かれた絵画と全然違って作家の心象風景がそのまま伝わってくるようだ。」など。
作品を前にした時の「これはなんだろう?」「なぜこんなに心がザワザワするんだろう?」といった素朴な疑問や気づきなど、言葉にならない心の動きを何とかして言葉にしていくことが、作品への理解を深めるための大切な手掛かりとなります。
あとは気になったことをキーワードで記録しておくことも、あとで振り返るときに役立ちます。
4.「好き」を起点に美術史を大きく把握する
ここまでは、作品を一つひとつ鑑賞して言語化を行ってきました。ここからは、これまで見てきた作品の背景にある美術史の大きな流れを見ていく段階です。
目的は2つです。
「好き」を起点に美術史を大きく把握する目的
- 気になった作品への理解を深める
- 気になるキーワードを起点にして、興味の幅を広げる
先述の「作品に出会って感じた心の動きを言語化する」のところで記録しておいた気になるキーワードを起点に、少しずつ美術史の大きな流れを把握していきましょう。
具体的な方法として、いくつか例を書いておきます。
具体例:「好き」を起点に美術史を大きく把握する
- 気になる作家がその作品に至るまで過去にどのような作品を作ってきたか
- 気になる作家が独自のスタイルを築く上でどのようなプロセスをたどってきたか
- 気になる作家の作品に繰り返し出てくるモチーフの謎を探る
- 気になる作家と交流のあった同時代の作家とのつながりや影響を知る
- 気になる表現方法が生まれた理由を時代背景から探る
- 気になる芸術運動の他ジャンルへの影響を知る
- 時代が激変しているときのアートの流れを知る
- 有名画家が美術の流れに与えた影響力を知る
気になるキーワードという「点」の知識から、徐々に「線」あるいは「面」の知識へと広げていくことを意識してみてください。
よくやってしまいがちなこととして、美術史の本を用意して端っこから読み始めるということはおすすめしません。
たとえば、美術史の流れを把握しようと、こういった表を記憶するとします。下記です。
<<西洋美術の流れ>>
古代:原始美術・エジプト・メソポタミア・エーゲ海・古代ギリシャ・エルトリア・古代ローマ
中世:初期キリスト教・初期中世・ビザンチン・ロマネスク・ゴシック
近世:ルネサンス・マニエリスム・バロック
近代:ロココ・新古典主義・ロマン主義・写実主義・印象派
20世紀:ポスト印象派・フォーヴィズム・表現主義・キュビスム・未来派・ダダイズム・ロシア構成主義・シュルレアリズム
21世紀:抽象表現主義・ポップ アート・ミニマリズム・コンセプチュアル・コンテンポラリー
いかがでしょうか。途端に眠くなりませんか?興味のない知識を詰め込んでも退屈ですし、吸収力も低いです。
気になる作品や気になるキーワードを起点に周辺知識を広げていくことで、楽しく学べますし、数珠つなぎに興味も拡がっていきます。
5.アート批評を読む
ここまできたら、作品批評を読むこともおすすめしたいと思います。
既に自分の作品の見方や考え方が確立されていると思いますので、自分の作品を読み解く方法論に他者の解釈を加えてより豊かにしていくことができます。
ただし、あまり早いうちに読むことは個人的にはあまりおすすめしません。
自分の見方・考え方を確立する前に他者の解釈をインプットしてしまうと、自分なりの感性や解釈が出てこなくなってしまう可能性があるからです。
アート批評が読めるWEBサイトをいくつかご紹介しておきます。
アート批評が読めるWEBサイト例
- artnet:米国ニューヨークに本社を置くアートネット・ワールドワイド・コーポレーションが運営する世界最大の美術売買サイト。「Art Criticism」カテゴリに掲載。
- ArtReview:1949年設立、現代美術誌を発行するAreReviewが運営。アートレビューの他、芸術と文化関連のニュースなども掲載。
- TOKYO Art Beat:2004年創設。日本と世界のアートシーンを伝えるアートメディア。「レビュー」カテゴリに掲載。様々な美術評価家のレビュー記事を掲載。
展覧会を見てきた後に批評を読んでみるとか、お気に入りの批評家を見つけるなども楽しいですよ。
まとめ:現代アートを見て感じるところからはじめよう
アート習慣に関するご説明は以上です。
あとは、このアート習慣を継続していくだけ。続けるほどに、作品知識も蓄積され、アートを見る感性も高まり、興味範囲もどんどん広がっていきます。
アート鑑賞の喜びは、旅することと似ている気がします。
- 見方や考え方を制限されない自由がある
- 自分の想像をはるかに超えた作品と出会えること
- 時間とともに、自分の見方も変化していくこと
- 経験を増すごとに、見える景色も変わってくること
- 鑑賞を通して、異なる人の見方・考え方に出会える
まだ鑑賞経験も少なく、知識も浅かった時は、狭い見方で作家や作品を無価値だと決めつけてしまうこともありました。
ですが今回ご紹介したようなアート習慣を続けてくることで、自分の想像の範囲になかったものを受け入れ、楽しむこともできるようになっていきました。(もちろんまだまだなのですが。)
少し取っつきづらく感じてしまうかもしれませんが、アートは誰にでも開かれた自由な世界です。是非、映画や音楽に親しむように、気軽にアート習慣を取り入れてみてくださいね。
この記事は以上となります。最後までお読みいただきありがとうございました^^